はじめに:会話の設定
このエントリーでは,「DNAからRNAへの転写の際,とても重要となる選択的スプライシング」について,2人の会話形式で簡潔に説明します.
<会話の設定は以下の通り>
●某女子大で生物系の講義を担当中の尾巻講師(いつも白衣着用)が大学3年生の都子さんと大学図書館の入り口で立ち話をしています.
●都子さんは1年生のとき「生物学の基礎」を履修したのでDNAの基礎知識を持っています(注:しかしながら,9割くらいの女子大生は3年生になるときれいさっぱり忘れているようです・・・).
●都子さんは尾巻講師のとある講義を履修しています.なお,10月の宅建試験のため前回のエントリー(転写:2016年7月25日)からかなり間が空きました.季節に合わせ,今回は秋セメスターでの話ということにしておきます.
以下のエントリーを順に通読いただけると,DNA→RNA→タンパク質合成(翻訳)まで一連の流れを掴めます.ぜひどうぞ.
DNAの4つの塩基:ATGC
DNA複製
DNA修復
DNAからRNAへの転写
選択的スプライシング←今ココ!
tRNAと翻訳
DNAと遺伝子の違い
女子大生と講師による選択的スプライシングの会話
都子さん,こんにちは.スーツ着てるけど今日はなんの日でしたっけ?
先生,こんにちは.なんだかずいぶん久しぶりですね.今日は教育実習報告会があるので,3年生で実習に行った人はみんなスーツですよ(白のブラウス・ワイシャツじゃないのはご容赦ください)
もうそんな季節でしたか・・・ところで進路の選択はもう決めました?教採(教員採用試験)?それとも民間?
まだ考え中です.ほんとは専業主婦がいいんですけど.てへぺろ
てへぺろじゃないでしょ・・・大切な選択なんですから,レールに乗る乗らないは別にして,じっくり考えるのがいいと思います.ところで,選択と言えば
選択と言えば,選択的スプライシングですね!じゃ,スプライシングについて復習します.
遺伝子にはタンパク質合成に必要なエキソンと呼ばれる部分とそうじゃないイントロンと呼ばれる部分があります.
転写(コピー)の際には,エキソンもイントロンも区別しないでDNAの鋳型鎖に対合するRNAが結合されます.これをmRNA(メッセンジャーRNA)前駆体と呼びます.
そして,イントロンはmRNA前駆体合成後に除去されて,エキソンをつなぎ合わせます.この切り貼り作業をスプライシング,スプライシングを経たあとにできるmRNAを成熟mRNAと呼びます. コピーと切り貼りは核の中で行われて,成熟mRNAが出来上がってから核の外にあるリボソームへと運ばれます.
こんな感じですよね?前回のコピペですけど
スプライシングについては『Essential細胞生物学』p.234にこう書いてあります.
「どのイントロンにもmRNA前駆体からの除去の目印となる短い塩基配列がいくつか含まれている.これらの塩基配列はイントロンの末端やその近辺にあり,どのイントロンのものも同じかとてもよく煮ている.巧妙なスプライシング装置がこの配列を手がかりに,イントロンを"投げ縄"構造の形で切り取る」.
イントロンを切り取った後は,そのイントロンの両端にあるエキソンがつなぎ合わされるんだ.ちなみに投げ縄構造は"lariat structure",どうでもいいけどラリアットと言えばスタン・ハンセンですね.
私にとって"投げ縄"と言えばキャンディ・キャンディです.
今の説明でmRNA前駆体を切り貼りするのがスプライシングというのはなんとなくイメージできたんですけど,どんな例があるんですか?
ワトソンとベリーが書いた『DNA』のp.145にはこうあります.
「たとえば人間では,血液凝固因子のうち第VIII因子の遺伝子(これが突然変異すると血友病になることがある)は,25のイントロンを含んでいる.第VIII因子は大きなタンパク質で,およそ2000のアミノ酸から構成されるが暗号を担っているエクソン(注:exonは本によって"エキソン"または"エクソン"を表記されています)は,遺伝子の全長のわずか4パーセントにすぎない.残りの96パーセントはイントロンなのである」.
仮に1000mmの紙テープがあるとしたら960mmは不要で,しかも不要な箇所(イントロン)は25に分かれてばらばらに配置されている.ハサミを50回入れてそれらを切り離し,バラバラに残った必要な部分(エキソン)40mmを順番につなぎ合わせる,という感じになるかな.
・・・なんだかメンドクサイですね
まあそう言わずに,ちょっと練習してみようか.今回はこのイラストを使いましょう.
先生,こ,このものすごくvividなイラストは何ですか?
「いらすとや」さんのDNAイラストはどうも左巻きっぽいし,ATG配列が見つからなかったからホビヲ (id:hobiwo) さんにお願いして描いてもらったんだ.
さて,イラストの一部にDNAの塩基を記したので,ピンクの塩基配列部分をコード鎖としよう.
5'-ATG GTC AGA GTC ACA...-3'
そして,説明の便宜上,GTCとGTCがイントロンとするよ(すでに述べたように,「実際にはmRNA前駆体からの除去の目印となる短い塩基配列がいくつか含まれて」いますので,1コドンだけがイントロンというわけではありません).
このコード鎖を転写するとmRNA前駆体の塩基配列はどうなるかな?
①コード鎖と鋳型鎖の塩基配列はこうなって
5'-ATG GTC AGA GTC ACA...-3'→コード鎖
3'-TAC CAG TCT CAG TGT...-5'→鋳型鎖
②コード鎖と鋳型鎖の塩基同士の結合が外れて,RNAは鋳型鎖と対になるから
5'-ATG GTC AGA GTC ACA...-3'→コード鎖
5'-AUG GUC AGA GUC ACA...-3→mRAN前駆体
3'-TAC CAG TCT CAG TGT...-5'→鋳型鎖
だから,mRNA前駆体の塩基配列は
5'-AUG GUC AGA GUC ACA...-3' です.
そうです.良く覚えていましたね.
mRNA前駆体はエキソンもイントロンも転写します.だからmRNA前駆体にはGTCとGTCを転写したGUCとGUCも含まれます.転写した後でイントロンを切り取るので,赤字で示したGUCとGUCが切り取られます.
5'-AUG GUC AGA GUC ACA...-3'→mRNA前駆体
↓
5'-AUG AGA ACA...-3'→成熟mRNA
となります.
GUCとGUCが切り取られ,残ったAUG AGA ACA...が結合して,成熟mRNAが出来上がるんですね!でも,このことと選択的スプライシングがどうつながるんですか?
ここからが今日の本題です.
塩基配列は3つひとかたまりで1種類のアミノ酸を意味します.この3つひとかたまりを"コドン"と呼びます.残ったAUG AGA ACAはそれぞれがコドンであり,それぞれ指定するアミノ酸もしくはその他の働きがあります.
AUGはメチオニン(翻訳開始)
AGAはアルギニン
ACAはトレオニン
ここで,これら3つのコドンに番号を付けます.
①AUG
②AGA
③ACA
mRNA前駆体からイントロンを切り離したけれど,選択的スプライシングというのは,ひらたく言えば残ったエキソンのうち,特定のタンパク質を合成するのに必要なエキソンを選んで貼り付けることなんだよ.
5'-AUG AGA ACA...-3'だったら,①+②+③という組み合わせになります.
①を固定したら,①+②+③以外にどんな組み合わせが出来るかな?
①+②なら 5'-AUG AGA...-3'
①+③なら 5'-AUG ACA...-3' です.
そうです.①を固定した場合,
パターン1:①+②+③
パターン2:①+②
パターン3:①+③
これら3つの組み合わせが出来ました.
ここで言いたいのは,選択的スプライシングによって1つのmRNA前駆体から複数の成熟mRNAが作られることなんだ.
ヒトの体で作られるタンパク質は約10万種,それに対して遺伝子の数は約21,000種とされてます.
以前は,1つのタンパク質に対して1つの遺伝子が働いていると考えられていたけれど(例えば『NHKスペシャル『人体III』遺伝子〜DNA第1集』では約10万のタンパク質に対して約10万の遺伝子がある,と述べられていました),選択的スプライシングによって,1つの遺伝子から複数のタンパク質が合成されることがわかってきたんだ.
今ので憶えた・・・
アヌビス神のスタンドはいつものお約束ということで,ご了承ください
ところで,あるタンパク質を合成するのに①,②,③のコドンが必要なのに,間違って②を挟んだままGUCからGUCまでを切り取ってちゃうことはないんですか?
もしそうなったら
①+③ 5'-AUG ACA...-3'
しか出来ないことになりますよね?
いい質問です.
今回の選択的スプライシングに用いたイントロンは3塩基だけにしちゃったけど,実際にはもっとたくさんの塩基配列があります(「イントロンとエキソンの境目の配列は,5'側は必ずGTで始まり,3'側はAGで終わる」というGT-AG則があるとのことです).
再度引用するけど「イントロンの初めと終わりはmRNA前駆体中の特定の塩基配列によって示される」(『Essential細胞生物学』p.235,図7-19)ので,もし,この部分のDNAの塩基配列に変異が生じて,mRNA前駆体の塩基配列でスプライシング部位が識別できなくなったらイントロンを切り取れなくなる.
すると,本来必要とされるタンパク質のための成熟mRNAができなくなってしまいます.
ふんふん
『やさしいバイオテクノロジーカラー版』p.88にはこう書いてあるので紹介しておきます.
「・・・1つの遺伝子から1種類だけのタンパク質をつくるわけではなく,選択的スプライシングによって複数のタンパク質がつくられることもあります.ヒトの場合は,2万数千の遺伝子しかなくても,遺伝子数以上の多用なタンパク質をつくることができます.同じ遺伝子から,ある臓器ではA型のタンパク質のみをつくり,別の臓器ではB型のタンパク質のみをつくるという現象が起こります.」
「その結果,分化した細胞毎の多様性は,より複雑な発現様式を示すことになります.このことから,たとえばヒトとチンパンジーの間でのゲノムの違いは,たんにゲノムの塩基配列を比較しただけでは,わからないことになります.発現ネットワークも考えると,両者では塩基配列の違い以上に細胞機能の違いが見られることになるでしょう.」
つまり,1つの遺伝子から,選択的スプライシングによっていくつかのタンパク質が作られるんだよ.例えばトロポミオシンという哺乳類のタンパク質のmRNA前駆体からは,選択的スプライシングによって骨格筋,平滑筋,繊維芽細胞,肝臓,脳の組織の5つのタンパク質がつくられます(カラー図解アメリカ版大学生物学の教科書第2巻,pp.399-400).
また,ヒトとチンパンジーのゲノム塩基配列の違いはわずか1.2%と言われているけれど,DNAの塩基配列のみならず遺伝子の塩基配列までもが100%一致している2種の生物がいると仮定した場合,選択的スプライシングの働き方が両者で異なるのであれば,1つの遺伝子からもたらされるタンパク質が異なるので必ずしもこれら2種が同じ生物になるわけではありません
zzzzz
長い文章は眠気を誘いますからね・・・今回のお話はここまでとします
はっ!これから報告会なのに眠ってはいけない!!
耳の奥底にかろうじて聞こえてきた話からすると,仮面ライダー電王に出てくるデンライナーの編成が仮に1号車(ゴウカ)+イスルギ+2号車+レッコウ+3号車+イカヅチ+4号車,イスルギ・レッコウ・イカヅチをイントロンとして編成から外した後,1号車+2号車+3号車+4号車,1号車+2号車+4号車,あるいは1号車+3号車+4号車になるような感じかな,と思いました.
デンライナー全部持ってたから懐かしいです・・・それでたぶん合ってるような(もっと良い例えがあると思います,ごめんなさい)
それはそうと,前回はmRNAのことを「パシリ」と表現してくれたけど,細胞の中にはアミノ酸を運搬する役割を担うRNAがあるんだよ.
今度は「運び屋」ですね!やっとこのシリーズの区切りが見えてきました.
そうですね.どこかで変異をきちんと扱いたいけれど,次回はいよいよ翻訳の話にしましょうか
それでお願いします.では報告会に行ってきま〜す
はい,行ってらっしゃい.(・・・2016年は横浜DeNAはCSシリーズに出場,巨人を撃破という素晴らしいシーズンになりました.三浦選手,長い間おつかれさまでした.)
参考書
<記事執筆に使用した参考書・DVD>
・カラー図解 アメリカ版 大学生物学の教科書 第2巻 分子遺伝学(ブルーバックス)
・Essential細胞生物学(原書第4版)
・やさしいバイオテクノロジー カラー版 遺伝子の基礎知識からiPS細胞の話題まで(サイエンス・アイ新書)
・NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体III 遺伝子~DNA 第1集 生命の暗号を解読せよ~ヒトの設計図~ [DVD]
<おすすめ参考書>
もっと知りたい方は「数ある国際的な科学賞を総なめにした日本を代表する研究者が,10年以上にわたって磨きをかけてきた京都大学の名物講義をもとに書き下ろす」と帯に銘打つこの本の,特に第3章がオススメです.
選択的スプライシングのまとめと具体例
◆私たちの細胞の中では絶えずタンパク質が合成されています.タンパク質は遺伝子の塩基配列に基づいてアミノ酸を結合することによって合成されます.
◆ヒトの場合,遺伝子はDNAの全塩基配列すべて(ゲノム)のうち,ごく一部です.さらに言えば,遺伝子の塩基配列にはアミノ酸を指定する領域(エキソン)とそうでない領域(イントロン)があります.たいていの遺伝子ではイントロンのほうより長い塩基配列となっています.
◆以前のエントリーでDNAからRNAへの転写について扱いました.転写によってできたmRNA前駆体にはエキソンもイントロンも両方含まれていて,mRNA前駆体のエキソンはイントロンで分断されています.
◆「このため,余分な配列であるイントロンの除去を行わない限り、そのままでは正常なアミノ酸配列へと翻訳することができない(Pre-mRNA スプライシング - Wikipedia)」のです.そこで,イントロンを切り取り,エキソンだけを結合します.
◆このスプライシングによって,イントロンも含まれていたmRNA前駆体は,イントロンが除去された成熟mRNAとなります.成熟mRNAには,たいていいくつかのエキソンが含まれています.
◆そして,特定のいくつかのエキソンが選択的に結合する,すなわち選択的スプライシングによって,1つの遺伝子から複数の成熟mRNAがつくられます.
◆ヒトの体内で合成されるタンパク質は約10万種と言われています(『Essential細胞生物学』p.316).一方,今のところタンパク質合成の情報をもつ遺伝子は約21,000とされています(『Essential細胞生物学』p.314).1つの遺伝子が1つのタンパク質合成しか担わないのであれば,とうてい10万種ものタンパク質は合成されません.
◆次の図をご覧下さい.
選択的スプライシングの模式図です.架空のDNAコード鎖には4つのエキソンと3つのイントロンがあるとします.このDNAコード鎖を転写してできるmRNA前駆体にはそれらのエキソン・イントロンがすべて含まれています.
そして,スプライシングによってイントロン領域が除去され,エキソンだけを結合して成熟mRNAとなります.
その際,選択的スプライシングによってできる成熟mRNAには,エキソン1〜エキソン4まですべて含む場合や,エキソン1・2・4,エキソン1・3・4という組み合わせ,あるいはエキソン1・4という組み合わせ,また他の組み合わせも考えられます.
具体例をあげます.
◆フキダシに,「トロポミオシンという哺乳類のタンパク質のmRNA前駆体からは,選択的スプライシングによって骨格筋,平滑筋,繊維芽細胞,肝臓,脳の組織の5つのタンパク質がつくられます(カラー図解アメリカ版大学生物学の教科書第2巻,pp.399-400)」と書きました.
同書のp.400,図11-23によると,トロポミオシンのmRNA前駆体には11のエキソン(エキソン1〜エキソン11)が含まれています.
・骨格筋はエキソン2の欠如
・平滑筋はエキソン3と10の欠如
・繊維芽細胞はエキソン2,3,10の欠如
・肝臓はエキソン2,3,7,10の欠如
・脳はエキソン2,3,10,11の欠如
となっています.
トロポミオシン遺伝子から1つのmRNA前駆体が転写され,選択的スプライシングの働きによって5種類の成熟mRNAで作られ,結果として1つの遺伝子から5種類のタンパク質が作られるのです.
◆このエントリーで紹介したのはスプライシングの基礎の基礎です.プロセッシングについては割愛しました.より詳しく知りたい方は次項の参考書やインターネットでぜひ調べてみて下さい.