はじめに:羽生選手NHK杯SP・FSの合計の満点(上限点)は339.44点
2015年11月27日・28日に行われたフィギュアスケートグランプリシリーズNHK杯,羽生結弦選手が見事1位となり,堂々のGPファイナル出場を決めてくれました.
筆者は,家人と一緒にテレビ観戦していました.圧巻の演技に大歓喜.SPとFSの合計得点は史上初の300点超え,322.4点.凄い!素晴らしい!!
ここまでは皆さまと一緒だと思います.でも筆者は素朴な疑問を持ちました.
「フィギュアスケートの満点って何点なんだろう?」
フィギュアスケートの満点をご存じでしょうか?
筆者はカタリナ・ビット選手に魅了されて以来,数十年間毎年フィギュアスケートシーズンを楽しみにしています.でもこれまでただの一度も満点について考えたことはありませんでした.
それからいろいろ調べたました.そして羽生選手のNHK杯の演技のSP・FSの合計の満点(上限点)を339.44点と推計しました.
計算方法さえわかってしまえば計算そのものはかんたんです.最後までご笑覧くださるとうれしいです.
プロトコルを入手しよう
まずデータを入手します.データとは羽生選手の得点を詳細に記した結果の記録です.プロトコルと呼ばれます.
それがこちら.FSからみていきます.
http://www.isuresults.com/results/season1516/gpjpn2015/gpjpn2015_Men_FS_Scores.pdf
文字が小さい上に英語なので何が何だか意味不明と思います.初めて見たときは筆者もちんぷんかんぷん.まるで暗号です.でも難しくないので心配いりませんよ.
一つずつ読んでいきましょう.
FSの記録を読み解く
FS基礎点は満点
1.羽生選手のFSプログラムには13の技術要素が盛り込まれています.表の4Sは4回転サルコウ,4Tは4回転トウループ,3Fは3回転フリップ,FCCoSp3p4はフライングからの足換えコンビネーションスピン3姿勢レベル4など,それぞれの技術要素を示します.
2.それぞれの技術要素には基礎点(Base Value)があります.4回転サルコウは10.50点,3回転アクセルは8.5点など.4回転トウループ+3回転トウループといった連続ジャンプはそれぞれの基礎点を単純に加算します.
3.演技後半に行うジャンプ(Xがついている種目)は基礎点が1.1倍になります.羽生選手は5つのジャンプを後半に組み入れたため,この分の4.89ポイント加点されます.
4.基礎点は全要素最高点(回転不足によるアンダーローテーション・ダウングレードがなく,さらにスピン,ステップはすべてレベル4と最高点)でした.早い話がノーミス.
5.合計すると95.79点 .
FS出来映え点は満点から-6.92点
1.技術要素それぞれに出来映え点(GOE: Grade of Exection)が加算されます.
2.出来映え点は技術要素毎に異なります.
3.連続ジャンプの技術要素は,もっとも高い得点のジャンプによって計算されます.(※どのページを調べても書いてなかったので,自分で計算したところそうなってました).
判定は9人のジャッジによって行われますが,最高得点と最低得点(-3から+3の7段階)を除外し,残り7人が判定した出来映え点合計の平均が,その技術要素に与えられた出来映え点となります.
では羽生選手6つ目の技術要素である4回転トウループ+3回転トウループを見てみます.
4回転トウループのGOEは最高3点,3回転トウループは最高2.1点です.
判定は,1点が3人,2点が6人でした.ここから最高点2点を1人と最低点1点を1人除外します.4回転トウループのGOEは3点→2点→1点がそれぞれ3.0→2.0→1.0に相当します.
これで計算すると2.0×5人=10点と1.0×2人=2点の合計12点.これを7で割ると1.71点になります.
一方,3回転トウループのGOEは2.1→1.4→0.7なので1.4×5人=7点と0.7×2人=1.4点の合計8.4点.7で割って1.2点.
実際の4T+3TのGOEは1.71点.4回転トウループの値と一致しました.
4.13の技術要素の実際の記録と推定される満点は,以下の通りになります.
NHK杯でのフリースケーティング | GOE | 満点 | |
4回転サルコウ | 4S | 2.86 | 3 |
4回転トウループ | 4T | 2.57 | 3 |
3回転フリップ | 3F | 1.1 | 2.1 |
フライングからの足換えコンビネーションスピン3姿勢レベル4 | FCCoSp3p4 | 0.93 | 1.5 |
ステップシークエンスレベル4 | StSq4 | 1.6 | 2.1 |
4回転トウループ+3回転トウループ | 4T+3T | 1.71 | 3 |
3回転アクセル+2回転トウループ | 3A+2T | 3 | 3 |
3回転アクセル+1回転ループ+3回転サルコウ | 3A+1Lo+3S | 2.43 | 3 |
3回転ループ | 3Lo | 1 | 2.1 |
3回転ルッツ | 3Lz | 1.5 | 2.1 |
フライングからの足換えシットスピンレベル4 | FCSSp4 | 1.14 | 1.5 |
コレオグラフィックシークエンス | ChSq1 | 2.1 | 2.1 |
足換えコンビネーションスピン3姿勢レベル4 | CCoSp3p4 | 1.14 | 1.5 |
合計 | 23.08 | 30 |
5. 羽生選手のGOE合計は23.08点,満点は30点
FS演技構成点はほぼ満点の-2.8点
1.演技構成点(Program Components)はスケート技術,要素のつなぎ,動作/身のこなし,振り付け/構成,曲の解釈の5項目がある
2.それぞれ10点満点,男子FSの場合は係数2をかける
3.したがって,5項目×10点×2(係数)=100点が満点
4.羽生選手のFS演技構成点は97.20点とほぼ満点(-2.8点)
FS減点なし
1.転倒などは減点(Deductions),-1点となります.
2.羽生選手はノーミスだったので減点なし.
SPの記録を読み解く
次にショートプログラムです.プロトコルはこちら.
http://www.isuresults.com/results/season1516/gpjpn2015/gpjpn2015_Men_SP_Scores.pdf
SP基礎点は満点
1.SPの技術要素は7つ.
2.基礎点は回転不足もダウンレベルもなし.
3.したがって満点,48.05点
SP出来映え点は満点から-4.21点
1.FS同様,SPについても出来映え点GEOを推定しました.
NHK杯でのショートプログラム | GOE | 満点 | |
4回転サルコウ | 4S | 1 | 3 |
4回転トウループ+3回転トウループ | 4T+3T | 2.57 | 3 |
フライングキャメルスピンレベル4 | FCSp4 | 1.07 | 1.5 |
3回転アクセル | 3A | 2.43 | 3 |
足換えシットスピンレベル4 | CSSp4 | 1.21 | 1.5 |
ステップシークエンスレベル4 | StSq4 | 1.9 | 2.1 |
足換えコンビネーションスピン3姿勢レベル4 | CCoSp3p4 | 1.21 | 1.5 |
合計 | 11.39 | 15.6 |
2.羽生選手のSPのGOE合計は11.39点,満点は15.6点
SP演技構成点は満点から-3.11点
1.演技構成点はFSと同じ5項目.
2.それぞれ10点満点,男子SPの場合は係数1をかけます.
3.したがって,5項目×10点×1(係数)=50点が満点.
4.羽生選手のSP演技構成点は46.89点と満点から-3.11点.
SP減点なし
1.FSと同じく転倒などは減点(Deductions),-1点となります.
2.羽生選手はノーミスだったので減点なし.
結果:満点339.44点まであと17.04点
1.SPとFS合計の推定満点は339.44点
2015NHK杯羽生選手の記録 | ||||
FS | SP | FS満点 | SP満点 | |
基礎点 | 95.79 | 48.05 | 95.79 | 48.05 |
GEO | 23.08 | 11.39 | 30 | 15.6 |
演技構成点 | 97.2 | 46.89 | 100 | 50 |
減点 | 0 | 0 | 0 | 0 |
216.07 | 106.33 | 225.79 | 113.65 | |
FSとSPの合計 | 322.4 | 339.44 |
2.SPとFS合計の推定得点率は94.98%
まとめ:羽生選手のもの凄さを改めて思い知った
以下のことがわかりました.
1.基礎点(Base Value)は,どの技術要素をどのように組み込むかで変わる
例として,金博洋(ボーヤン・ジン)選手のFSでの基礎点(92.80点)がノーミスだったらどうなるか計算してみました.記録からみた彼のミスは以下3点,
a.ステップシークエンスがレベル3になった
b.後半の4回転トウループが2回転トウループになった
c.フライングシットスピンがレベル3になった.
aで-0.6点,bで-9.9点,cで-0.4点です.合計-10.9点.
もしすべて成功させていたら92.80+10.9=103.70となり,羽生選手を上回ります.恐るべきプログラムです.
前人未踏の4回転アクセルジャンプの基礎点は15点に設定されています.
規定の範囲内で,どの技術要素をプログラムに組み込むのか,特にどのジャンプを前半・後半のどちらで演技するかによって,基礎点の合計は変わってきます.
もちろん,ノーミスでの演技がとても大切で,それをSP・FSともにやってのけた羽生選手の強さが光りました.脱帽です.
2.出来映え点と演技構成点は「きっちり」演技ができてこそ加点される
当たり前のことかもしれません.でも,技術要素でミスせず,きっちり演技しなければ,出来映え点と演技構成点の加点は望めないようです.
次の表は,羽生選手の今季カナダ杯FSの得点記録です.
出来映え点GOEの判定は-3から+3の7段階です.例えば4Sすなわち4回転サルコウの出来映え点は 2 2 0 1 3 2 2 1 2 でした.0と3を除いた残りの合計12÷7=1.71点がGOEです.
ではもう一度,羽生選手のNHK杯FSの得点記録を見てください.
同じ4回転サルコウでも,GOEは 2 3 2 3 3 3 3 3 3,2と3を除いた残りの合計20÷7=2.86.カナダ大会との差は1.15点です.NHK杯FSのGOEは,3回転フリップを除いてすべてカナダ杯を上回りました.その差は+15.23.
そして,技術要素をミスなくきっちり演技したことで,演技構成点もカナダ杯を8.26点上回りました.
羽生選手は,FS後のインタビューでこう語っています.
『ここまで,スケートカナダからこのNHK杯まで,もう,ほんっとに血のにじむような,ほんっとにつらい努力を,努力というか練習を,してきたので』(2015NHK杯国際フィギュアスケート|動画より)
技術要素でミスせず,きっちり演技することがどれだけ大変なことなのかについて,一般人には知るよしもありません.
めちゃくちゃ大変なことを,羽生選手は,NHK杯でSPとFSの両方の演技でやってのけました.
これががどれほど「もの凄いこと」なのか,得点記録を読み解くことで改めて思い知らされました.
NHK杯の羽生選手での羽生選手の演技の完成度は94.98%です(推計値).完成度はまだ上がる余地があります.得点はまだ伸びる余地があります.
羽生選手を超えられるのは,羽生選手しかいない.
今季は,GPファイナル,全日本選手権そして世界選手権がまだ残っています.
『絶対王者』羽生選手の活躍を見させていただきます.
フェルナンデス選手プライベートが充実してるんでしょうか,安定した実力を発揮しているみたいで,こちらも楽しみです.得点記録も見ておこう.暗号表を解読するような新たな楽しみが増えました.
次の2つのWEBサイトがなければ,この記事は書けませんでした.
ジャンプ得点表 - フィギュアスケートガイド←今季のジャンプ基礎点のデータです.
ではまた!
【追記 2018.2.26】今でこそ新聞のスポーツ欄に各選手の演技構成とその基礎点・出来映え点等が普通に記載されるようになりました.でも,この記事を書いた2015年11月末の時点ではそんなことはまったくなく,自分でプロトコルを読み解いて満点=上限点を計算しなければなりませんでした.
隔世の感がありますが,それだけ羽生選手を初めとするフィギュアスケーター達のパフォーマンス向上がメディア情報を濃密にさせたのだと思っています.
追記1 平昌五輪SPプロトコル
2018.2.16 ついさきほど終了した平昌オリンピック,羽生選手SPのプロトコルです.試合前に提出された演技予定(オリンピック公式HPで閲覧化,ただしFSはまだアップされてません)では最初のジャンプが4回転ループになっていました.それを4回転サルコウに変更してましたね.
3AはGOE満点でした.3AのGOEが満点だったのは羽生選手とHan YAN選手だけでした.
プロトコルの出典はこちら
追記2 平昌五輪FSの満点
2018.2.17 平昌オリンピック羽生選手FS予定演技の満点が何点になるかについて書きました.当初は最初のジャンプが4回転ループでしたが,今朝公表された予定演技を確認したところ回避してました.最新予定演技通りならFS満点は229.02点です.
冒頭は4回転サルコウ.次いで4回転トウループ.演技後半に3回転ループが追加されています.
羽生結弦選手,平昌オリンピックFS満点は236.31点→最新予定演技では229.02点- おまきざるの自由研究