はじめに:会話の設定
このエントリーでは,「DNAからRNAへの転写」について,2人の会話形式で簡潔に説明します.
<会話の設定は以下の通り>
●某女子大で生物系の講義を担当中の尾巻講師(いつも白衣着用)が大学3年生の都子さんと大学図書館の入り口で立ち話をしています.
●都子さんは1年生のとき「生物学の基礎」を履修したのでDNAの基礎知識を持っています(注:しかしながら,9割くらいの女子大生は3年生になるときれいさっぱり忘れているようです・・・).
●都子さんは尾巻講師のとある講義を履修しています.なお,夏休み等は考慮しないことにしてください.
以下のエントリーを順に通読いただけると,DNA→RNA→タンパク質合成(翻訳)まで一連の流れを掴めます.ぜひどうぞ.
DNAの4つの塩基:ATGC
DNA複製
DNA修復
DNAからRNAへの転写←今ココ!
選択的スプライシング
tRNAと翻訳
DNAと遺伝子の違い
女子大生と講師による転写の会話
都子さん,こんにちは.図書館で勉強ですか?
先生,こんにちは.借りていたNHKスペシャル『人体III』遺伝子〜DNA第1集のDVDを返却しにきたんです
そのDVD,資料として新しくはないけど,転写から翻訳にかけてのCG映像はとても良くできてましたね
そうなんですか〜.
転写・翻訳って,なんとかRNAが出てくる場面ですよね?見たんですけどすぐ終わっちゃって何がなんだかわかりませんでした.てへぺろ
てへぺろじゃないでしょ・・・そこはとても大切なんですよ.
今日は転写について簡単に説明しましょう
じゃ,DNAについてちょっと復習します.
ヒトのDNAは4つの塩基:A(アデニン)とT(チミン),G(グアニン)とC(シトシン)の間で対になる性質があって,二重鎖を作ります.しかも二重鎖DNAを複製して,増えた細胞にも受け渡す.
こんな感じですよね?前々回のままですけど
DNAは細胞の中の核と呼ばれる所に格納されていて,そこから動かないんだ.
言い換えれば核はここ,図書館みたいなものかな.
でも,収蔵されているのは貸し出し不可のものすごく重要な書物なんだ.この書物に書かれている情報が塩基配列とイメージするとわかりやすいかもしれないね.
でも,タンパク質を合成するには遺伝子の情報を核から別の細胞小器官(リボソーム)に運ばなければいけないんだ
貸し出し不可なのに,どうやって情報を図書館(核)の外に持ち出すんですか?
まさかスパイを雇うとか?
それは青池保子マンガ(古い)の読み過ぎ.塩基配列の情報は貸し出し不可だけど,必要な部分はコピーするんだよ
コピーできるんですか!そのコピーが伝令RNA?
そうです.伝令RNA,たいていは"メッセンジャー"のmを使ってmRNA(メッセンジャーRNA)と書きます.RNAというのは,DNAととても良く似た構造をもつヌクレオチドでリボヌクレオチドと言い,「RNAの構成単位」となります.
転写について最も重要なことの一つは,RNAの4つの塩基です.
さっき都子さんが言ってくれたように,DNAの4つの塩基はA,T,G,Cだけど,RNAの4つの塩基はA,U(ウラシル),G,Cなんだ.U(ウラシル)はDNAのヌクレオチドのうち,A(アデニン)と結合するんだよ
ちょっと整理しようか.DNAの塩基を黒太字,RNAの塩基を赤太字で表現して,それぞれ結合する塩基を書くとこうなります.
DNA同士:
A-T T-A G-C C-G
DNAとRNA:
A-U T-A G-C C-G
RNA同士:
A-U U-A G-C C-G
また新しい塩基が出るんですか・・・めんどくさくなってきました.ふー
まあ確かにそうだね.でも,実際に転写の原理を塩基配列で書いてみるとそんなに大したことはないよ.
例として,ヒトチトクロームC遺伝子の塩基配列の最初の9塩基を使って練習してみましょう.
①がタンパク質合成に必要な塩基配列です.
5'-CTT AGA GAG-3'→①
3'-GAA TCT CTC-5'→②
二重鎖DNAが開裂されます.
5'-CTT AGA GAG-3'→①
3'-GAA TCT CTC-5'→②
DNA複製のときは①と②にそれぞれDNAのヌクレオチドが結合したけど,転写では②だけを鋳型にして,RNAのヌクレオチドが結合します.RNAを赤太字で書くと,こうなります.
5'-CTT AGA GAG-3'→①
5'-CUU AGA GAG-3'
3'-GAA TCT CTC-5'→②
5'-CUU AGA GAG-3'がmRNAの塩基配列になるんですね!でも,これって二重鎖DNAの①のTがUに置き換わっただけなんじゃないですか?
まあ,そうだね.
もし試験で①と②の二重鎖DNAが提示されて,「①がタンパク質合成に必要な塩基配列です.転写してできるmRNAを書きなさい」という問題が出されたら,①のTをUに置き換えれば答は書けます.
答だけは書けるんだけど・・・
じゃあそれだけ覚えておけばいいんですか?
でも,それしか覚えてなかったら②しか書いてない問題には対処できません.それに,試験対策だけのために覚えておいてほしいわけでもありません.
二重鎖DNAの重要性は,もし片方の塩基配列に何らかのダメージがあって変異しても,もう片方のDNA鎖が無事なら容易に修復できることだったよね.
転写でも同じことが言えるんだ.タンパク質合成のための最重要な情報である①にはRNAが結合してないでしょ?
①には結合しないで,その対となる②を鋳型にして転写が行われている.繰り返しになるけど,それほど①の情報は重要なんだ.だから,①と②の開裂のあと,②を鋳型にしてRNAが結合する過程を抑えておくことが大切なんだ
今ので憶えた・・・
アヌビス神のスタンドはお約束ということで,ご了承ください
例の場合,①のDNA鎖の塩基配列がタンパク質合成に関わるものなんですよね?①と②を区別する呼び方ってあるんですか?
いい質問ですね.例の場合,①のほうをコード鎖,②は鋳型鎖と言うんだ(『Essenntial細胞生物学』p.226).でも①(5'-3')のほうが常にコード鎖になるわけじゃないことは注意しましょう
ふんふん
『やさしいバイオテクノロジーカラー版』p.93によればチトクロームC遺伝子はコード鎖81〜2512番までの塩基が転写される,と書いてあります.
さっき例題で使ったヒトチトクロームC遺伝子の塩基配列は転写が始まる81番からの9塩基なんだよ
でも,81番から2512番目まで転写されたものが全てタンパク質合成に必要なわけじゃないんだ.
遺伝子にはタンパク質合成に必要な「エキソン」と呼ばれる部分,そしてそうじゃない「イントロン」と呼ばれる部分があります.転写の際には,エキソンもイントロンも区別しないでmRNAを合成するんだよ.これをmRNA前駆体と呼びます.
いったん,mRNA前駆体を合成してからイントロンを除去するんだ.この切り貼り作業を「スプライシング」と呼びます.スプライシングを経たあとにできるmRNAを成熟mRNAと呼びます.
コピー作業と切り貼り作業は核の中で行われて,成熟mRNAが出来上がってから核の外にあるリボソームへと運ばれます.
ここまでいいかな?
zzzzz
カタカナがたくさん出てくると拒否反応を示すようですね・・・今回のお話はここまでとします
催眠術みたいな話が終わったので起きました!
うっすら聞いた感じだと,核から動かないDNAの塩基配列をコピーしてできたのがmRNA前駆体.メッセンジャーってパシリみたいなもんですよね!
でも,パシリとして動き出す前に,mRNA前駆体は切り貼りされて,成熟mRNAになると
パシリ・・・ま,まあ言葉遣いはかなりアレだけど,それでだいたい当ってます(汗).それはそうと,スプライシング(切り貼り作業)がうまくいかなかったらどうなると思います?
そうなると,必要な情報やいらない情報がごちゃ混ぜになったり,必要な情報が欠けたりして,本来合成されるはずのタンパク質が作られなくなって,なんだかとってもやな感じになると思います・・・
そうです.スプライシングのミスもそうだし,エキソン領域でDNAに変異が起きてもやな感じになります.次回はこの話にしましょうか
それでお願いします.ではポケモン探しに行くので失礼しま〜す
はい,さようなら.(家に帰って野球観よう・・・ところで横浜DeNAはやっと借金ゼロになるところだったのに残念でした2016年7月25日時点で44勝46敗3分.そんなことより一昨日,黒田投手が日米通算200勝あげたことのほうが今季重要なスポーツニュースだけど)
参考書
<記事執筆に使用した参考書・DVD>
・Essential細胞生物学(原書第4版)
・やさしいバイオテクノロジー カラー版 遺伝子の基礎知識からiPS細胞の話題まで(サイエンス・アイ新書)
・NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体III 遺伝子~DNA 第1集 生命の暗号を解読せよ~ヒトの設計図~ [DVD]
<おすすめ参考書>
もっと知りたい方は「数ある国際的な科学賞を総なめにした日本を代表する研究者が,10年以上にわたって磨きをかけてきた京都大学の名物講義をもとに書き下ろす」と帯に銘打つこの本の,特に第3章がオススメです.
DNAからRNAへの転写:ウラシルに気を付けよう
◆DNAの塩基配列は生命活動に欠かせないタンパク質等を合成するために不可欠な情報です.でも,DNAは細胞の核の中に納められていて,そのままタンパク質合成の細胞小器官であるリボソームに運ばれることはありません.
このため,DNAの塩基配列を写し取る別の分子が登場します.それがRNAです.
◆RNAの4つの塩基には,A(アデニン),U(ウラシル),G(グアニン),C(シトシン)があります.新たに登場する塩基であるウラシルには特に気を付けましょう.
DNAの4つの塩基はAとT(チミン),GとCが対になる性質(対合)がありましたが,RNAの4つの塩基は,U(ウラシル)はDNAのA(アデニン)と,RNAのA(アデニン)はDNAのT(チミン),RNAのG(グアニン)はDNAのC(シトシン),RNAのC(シトシン)はDNAのG(グアニン)とそれぞれ結合します.
◆転写の際にはRNAポリメラーゼというタンパク質が働きますが,このエントリーのRNAポリメラーゼはDNA依存性RNAポリメラーゼです(インフルエンザウイルス等での転写で働くのはRNA依存性RNAポリメラーゼです).
◆RNAポリメラーゼによる反応は次のステップで行われます(『大学生物学の教科書第2巻』p.234より引用).
1.RNAポリメラーゼがDNAの二重らせん内部の特定の塩基配列を認識して合成する.
2.鋳型DNAに結合すると,"はさみ"が閉じ(注:RNAポリメラーゼはカニのはさみのような構造をしています:p.233より),"閉じた構造"のDNAを保持する.
3.RNAポリメラーゼの立体構造変化が生じ,10塩基対ほどの長さのDNAを変性させ,二重らせんを"開いた構造"(この記事でいう開裂)にする.
4.ペアのいないDNAの塩基に,対応するリボヌクレオチドを運んできて,塩基対を形成させる.
◆鋳型鎖のデオキシリボヌクレオチドの塩基と結合したリボヌクレオチドの塩基はずっと水素結合を形成しているのではありません.結合したままだとmRNAとして働けません.
新たに合成されたRNA鎖は,DNA鋳型鎖と水素結合を形成したままではなく,リボヌクレオチドが付加されている部分のすぐうしろで鋳型鎖から離れ,DNAが二重らせんを再形成する.つまり,DNA分子の一方の鎖だけが転写され,RNA分子は一本鎖になる.『Essential細胞生物学』p.226
◆なお,DNA複製の際にはプライマーと呼ばれる配列が結合してからDNAポリメラーゼが働いてデオキシリボヌクレオチドが結合していきましたが,RNAポリメラーゼはプライマー不要です.
この点について『Essential細胞生物学』p.226を引用します.
複製を行うDNAポリメラーゼとは違って,RNAポリメラーゼはプライマーなしで合成を始められる.これは,転写がDNA複製ほどの正確さを必要としないためだろう.RNAは,DNAと違って細胞の遺伝情報を永久保存するわけではないので,転写産物に誤りがあってもたいして問題はない.DNAポリメラーゼは,ヌクレオチド107個のコピーで1回程度の誤りしか犯さないが,RNAポリメラーゼは104個あたり1回と多い.
◆このエントリーで紹介したのは転写の基礎の基礎です.転写には開始・伸長・終結の3段階がありますが,長くなるので割愛しました.
このエントリーが転写の理解の一助になれば幸いです.