世界で一番美しいサルの図鑑
21年ぶり,待望のサルの図鑑
買いました.『世界で一番美しいサルの図鑑』
サルの図鑑・百科は1996年の『サルの百科』以来の出版.情報のアップデートを待ちわびていました.
2017年は京都大学霊長類研究所創立50周年にあたるとか.その記念として出版されたのが『世界で一番美しいサルの図鑑』 です.
(https://www.pri.kyoto-u.ac.jp/pub/press/20171127/index-j.htmlより)
これが表紙です.
この色彩豊かなサルの名(和名はカタカナ表記)はアカアシドゥクラングール.
ラングールというサルの仲間です.
胴体は灰色,首とすねの部分は赤,肩・腰・手足は黒く,前腕・顔・尻と尾が白,そして顔の皮膚は淡いオレンジ色である.5色もの体毛をもつサルはほかになく「世界で一番美しいサル」の異名をもつ.(中略)長く続いたベトナム戦争の影響で,本種の生息地の大半が失われた.(中略)2017年10月現在,日本国内で本種を飼育しているのは,よこはま動物園ズーラシアのみである.(p.73)
「世界で一番美しいサル」と言われるアカアシドゥクラングールを表紙にあしらった,まるで写真集のような図鑑です.
野生のサルは美しいのだ
動物園に行くと必ずサル達を見ます.毛並みの整ったサルがいる一方,ものすごく皮膚の状態が悪いサルに出会うことも少なくありません.
でも,この図鑑に登場するサルたちはとても綺麗です.野生のサルたちは美しいのです.
研究者によって撮影された画像もありますが,amanaimages等から購入したと思われる(クレジットあり)素晴らしい画像から厳選された写真のほうが圧倒的に多いです.
写真は1種につき1枚(ただし,ピグミーマーモセット,ゴールデンライオンタマリン,キンシコウ,テングザル,ニホンザル,マウンテンゴリラ,ワオキツネザル,ヒガシチンパンジー,ニシチンパンジー,ボノボは2枚,ダイアデムシファカは3枚)を使用,どのサルも顔がばっちり収められています.
もちろん,表現されているのは顔だけじゃありません.写真を眺めるだけでも霊長類の多様性が見えるよう随所に工夫がみられます(版権がからみそうなので画像はなし,ぜひ想像力をたくましくしてくださいね).
例えば直鼻猿(真猿類)最小のサルであるピグミーマーモセット(頭胴長12〜16cm,ちなみにミクロマンは10cm)の大きさをぱっと見ただけでわかるように手のひらにのせていたり(pp.12〜13),
●ニシメガネザルは手の指先の吸盤状の丸いパッド(木から木へ飛びうつる際,このパッドが滑り止めの役割を果たす)がばっちり写っている写真(p.68)だったり,
●親の体毛は黒いのに生まれたばかりの赤ん坊の体毛が鮮やかなオレンジ色が特徴の知るバールトン(p.92)とダスキールトン(p.93)はきちんと親子の写真を選んであったり,
●フクロテナガザル(p.112)が大きな音声を発する際に膨らむ,その名の由来でもある喉頭嚢(ゴリラでも出てきます.)を大きく膨らませながら口を開けている(発声中なのであろう)写真をアップで採用したり,
●猛毒の青酸が含まれている竹を主食とするハイイロジェントルキツネザルが竹を食べている写真がきちんと選ばれていたりします(p.146).
●ゴリラが胸を叩く行動はドラミングと呼ばれています.でも多くの方は,ドラミングをやってみろと言われたらグーで胸を叩くんじゃないでしょうか?
でも,それは不正解.
オスのマウンテンゴリラが手を開いている写真をきっちり選んでます.ドラミングのときの手はグーじゃないのです.
成熟したオスのゴリラには,喉から胸にかけて喉頭嚢という器官が発達している.息を吸い込んで喉頭嚢を膨らまし,両手の掌で交互に胸を叩くと「ポコポコポコ」と澄んだ高音が数km四方に響き渡る.これがドラミングである.集団以外のオスと出会ったときや,集団のメンバーがはぐれた際,またときには真夜中にもかわされる.子どものゴリラも遊びの誘いかけなどでドラミングをするが,成熟したオスのゴリラのような澄んだ音色は,なかなか出せない.(写真と説明:pp.202-203)
こういった解説は,現役の研究者によるものです.マウンテンゴリラとヒガシローランドゴリラの解説を書いたのは山極寿一京大総長(ドラミングの説明は別の研究者です).
帯にはこう書かれています.
「厳選された美しい写真と,現役の研究者によって書かれた最先端の解説で楽しめる,めくるめくサルたちの物語がここに!」
不満なところ
出版を待ち望んだ図鑑ではありますが,いくつか不満点があります.
生息地が網羅されていない
細かいことかもしれませんが,この図鑑はヒト以外の野生の霊長類の生息地を網羅してはいません.
この図鑑で扱っているのは南米,マダガスカル,アジア,アフリカです.しかしながらサルは中米にもいます.アフリカでもモロッコにいるバーバリーマカクが外されています.
体重・体長の記載がほしかった
サルの図鑑と聞いて,あなたは何を期待するでしょうか?
私ならまずはそれぞれのサルの大きさを知りたいです.ヒト以外の霊長類で最小のサルは体重30gほどのピグミーネズミキツネザルです.本書にはその仲間のネズミキツネザルが3種とりあげられていますが,体重が記述されているのは1種だけでした.体長はどれも書かれていません.
無論,個体の体重・体長は生活史によっても生息環境によっても異なるので,一概にこうだ,というのは困難なのでしょう.でも「動物図鑑」としては体重・体長(頭胴長,尾長)の記載はほしいところです.
説明項目が統一されていない
解説には表が付記されており,その項目は学名,分類,分布,生息環境(植生等),食性,保全状況(レッドデータの絶滅危惧II類等)です.レッドリストもふつうはわからないでしょうから,簡単な説明がほしかったです.
一方,体重・体長のみならず,社会構造についても書いてある種もあれば書かれていない種もあり,バラバラでした.ここは何らかの形で統一してほしかったです.
特徴をあらわす写真がもう少しほしかった
先述したように,本書の長所の一つは「霊長類の多様性が見えるよう随所に工夫」しているところです.
でも,決して十分とはいえないかもしれません.
例えばサバンナモンキーは特徴的な青い色の陰嚢をもっています.こういった特徴的なカットはもっと欲しかったです.

また,単雄複雌型の社会構造を持つ種は性的二型というオスとメスの性差がはっきりしていることが多く,一般にオトナのオスはオトナのメスよりかなり大きくなります.できればオスとメスが一緒にいる写真があるとこのことが表現できると思いますが,そういう写真はほとんど見当たりませんでした.
それと,霊長類は曲鼻猿(原猿類)と直鼻猿(真猿類)に分けられますが,それぞれの種の解説にその記載がありません.
サルの種数の変遷について解説がほしい
サルの種数は,1990年の初めは200種程度とされていました.1992年出版の『サル学なんでも小事典』(ブルーバックス:京都大学霊長類研究所編)では180種とされています.
1996年出版の『サルの百科』では約200種とされています.
2007年出版の『霊長類進化の科学』では約220種とされています.
それが本書では「440種程度(p.5,p.218)」と言ったり「500以上の種(p.7)」と言ったり,統一されてません(研究者個々の見解の相違でしょうか?).
種の分類については,より大きくまとめる派(ランパー)とより細分化する派(スプリッター)がいます.
サルに限ったことではありませんが,見た目はあまり変わらなくともDNA塩基配列の相違から別種とすることが増えています.最近の記事ではこれが良い事例でしょう.
サルの種数が以前の2倍以上になったことから,素人から見ても分類はスプリッターの影響を受けていることは間違いないでしょう.でも,このことについて日本語で読めるものを知りません(ご存じの方がいましたらはてなブックマークでご教示いただけると有り難いです).何らかの形で解説で触れておいてほしかったです.
言いたいことはこれら5点以外にもまだあるのですが,本書は「サルのことをもっと知りたい」という読者層への配慮にやや欠けていると指摘せざると得ません.
おわりに:ヒトこそもっともへんなサルなのだ
以上,駆け足でしたが,『世界で一番美しいサルの図鑑』について思うところを書きました.
近年,「へんな生き物」シリーズに端を発し,ついには「ざんねんな」とタイトルに銘打つ本まで登場しています.
そういう目線で見たら,本書には,へんで,ざんねんで,ひらたく言えば「実にけったいな」サルたちがたくさん登場します.
でも,私たちから見たらへんな,残念な,けったいなサルであっても,当の本人たちはなんとも思っていないでしょう.
むしろ彼らから見たら,地上を二足歩行で移動することしかできず,生の食物の消化に不向きな消化器官しかもたず,やたらと大きな脳をもち,自然を改変(改悪)ばかりしているヒトのほうがよほどへんでけったいでとても残念なサルにうつるのではないでしょうか?
そういう意味では,本書『世界で一番美しいサルの図鑑』に,ヒト科のオランウータン・ゴリラ・チンパンジー・ボノボが収録されているにもかかわらず,同じヒト科なのにヒト(Homo sapiens)が除外されているのはさもありなん,と言ったところです.
もちろん,本書の解説にはそんなことは書かれていません.本書は,「ヒトはどこからきて,どくにいくのか」(帯およびp.220)を探るため,世界中のフィールドやラボでいろんなサルたちを研究してきた,その集大成の一つなのですから.
ヒトについて興味・関心がある方にはもちろん,ヒト科ヒト属ヒトの皆様にはぜひ手にとって欲しい一冊です.
ではまた!