心臓マッサージ:効果的な回数は?
周りにいる方の心臓発作や心筋梗塞など,緊急事態に遭遇して胸骨圧迫・心臓マッサージをしたこと,ありますか?
私はまだありません.数十年前に体育の授業でマネキン相手に練習しただけです.
当時習った方法は胸骨圧迫を1分間に100回のペースで30回連続で行い,2回の人工呼吸を行う(これで1セット).これを5セット繰り返すとのこと(心臓マッサージと人工呼吸を行うより).
でも,今は1分間100回よりもっと効果的な回数があるようです.
心臓マッサージは1分間に112回,プリンセスプリンセス「Diamonds」のテンポで!
2016年2月1日読売新聞夕刊で紹介された京都府立医科大学の山畑佳篤講師(救急医学)の研究成果によると,胸骨圧迫は1分間112回が良いとのこと.
実はそのテンポに最適な「曲」があるのです.
その曲とはプリンセスプリンセスの"DIAMODS".
読売新聞記事から引用します.
京都府立医科大学の山畑佳篤講師(救急医学)は2013年度から,国の研究費を得て,看護師や救急隊員を対象に研究を実施.その結果,「毎分112回のリズムで,裏拍が明確にある音楽」を聞いた方が,毎分100回や表拍しか感じられない音楽より,動作が安定する傾向がみられた.
山畑講師は「毎分100回の曲ではテンポが遅れ,指針を外れやすい.ズンズンという表拍だけのリズムだと押す動作しか意識しないが,ズンチャズンチャと裏拍がはっきりしていると,正しく腕を引く動作も意識できる」と分析する.
1989年に発売され,ミリオンセラーになったプリンセスプリンセスの代表曲「Diamonds」は,ちょうど毎分112回のリズムで裏拍も明確だ.
「Diamonds」が心臓マッサージに適している理由として2点あげられていますね.
①毎分112回のリズム
②裏拍がはっきりしているので腕を引く動作が正しくできる
1分間に112回というリズムは救急蘇生の経験則から導き出した知見のようです.
では,裏拍が重要なのはなぜなのでしょう?
裏拍が大切な理由
JRC蘇生ガイドライン2015オンライン版の第1章 一次救命処置(BLS)http://jrc.umin.ac.jp/pdf/20151016/1_BLS.pdfのp.31には,「圧迫と圧迫の間に胸壁に力がかかったままになると,胸壁の完全な戻りが妨げられて胸腔内圧が上昇し,これにより右心への血流充満と冠灌龍圧が減少し,心筋血流が減少する」ので,「救助者が用手胸骨圧迫を行う際には,胸壁が完全に元の位置に戻るように,圧迫と圧迫の間に胸壁に力がかからないようにすることを提案する(太字・赤字等は筆者による)」とのこと.
大切なのは胸壁の戻り.灯油ポンプを使ったことがある方はおわかりだと思います.ポンプの赤い所をずっと押しっぱなしにしてもポンプは灯油を吸いませんよね.適度に戻さないとスムーズに灯油が流れません.
胸をズンズンズンズン押して押してひたすら押す心臓マッサージを行うと心臓がポンプとしての役割を果たせなくなるとのことです.知りませんでした.
そういう意味では「Diamonds」は確かにズンチャズンチャと裏拍がとりやすい曲です.なるほど.私は「世界でいちばん熱い夏」と「DING DON」も好きなんですが心臓マッサージには合わなそう.
TVドラマに登場する心臓マッサージなんかでは,とにかく必死に押しているシーンが目に付きます.あれではいけないようですね.
どんな研究から発見したのか?
ところで,山畑講師はどのような研究を行ってプリプリの「Diamonds」に行き着いたのでしょうか?
ヨミドクター記事の文中にあった「国の研究費」とは,たぶんこれのことでしょう.
KAKEN - 音楽および音声が救急蘇生法の質に与える影響に関する挑戦的萌芽研究(25670765)
文部科学省の科学研究費には,特別推進研究,基盤研究,挑戦的萌芽研究,若手研究(S・A・B)があり順に金額の目安が5億円,500万円以下〜5千万円以下,500万円以下,若手研究Sが3千万円〜1億円,Aが500万円以上3千万円以下,Bが500万円以下などとされていますhttps://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/03_keikaku/data/h23/download/j/fullpage.pdf).
山畑講師の場合,2013年の配分額が221万円でした.研究概要(最新報告)によれば,
音楽を用いた胸骨圧迫技術指導の最適化を検討するためのランダム化比較試験では、予定通り「京都子ども の音楽教室(京都市立芸術大学音楽学部音楽教育研究会)」の授業の一環として本研究用に作曲された新たな楽曲を複数のアレンジを施して用い、その結果、音 楽を用いて胸骨圧迫を行うとより正確な胸骨圧迫が可能であることが明らかになるとともに、スタディで用いたバリエーションの中では116/分のリズム、8 ビートのアレンジの曲を用いることで、より正確な胸骨圧迫が期待されることが明らかとなった。
と,1分当たり116回のリズムで8ビートの曲がいいと指摘しています.
しかし,今は1分当たり112回(楽譜だと♩=112→1分間に4分音符112回の速度で演奏する)の心臓マッサージを推奨しています.そうなった経緯がどこかにあるはず.
それを調べるため.山畑講師が行った2014年のAHA(米国心臓協会)学術集会での研究発表がlivescienceなるメディアに取りあげられているので,目を通してみました.
この研究発表を読むと,"112bpm(beat per minute=♩=112)and 8 beats"としっかり書かれていました.なので,もしかしたら上記の科研費の報告はミスプリントなのかもしれません.
まあ,ネットから得る情報ではわかりませんが,この発表ではリズムを刻むのに適している曲としてビートルズの「オブラディオブラダ」をあげているのが気になります.
もしかしたら海外での学術集会発表用に合わせて外国人にも(もちろん日本人にも)なじみのある曲として取りあげたのかもしれませんし,まだ"Diamonds"にたどりついていなかったのかもしれません.その辺は資料からはわかりませんでした.試行錯誤の過程だったのかもしれませんね.
それはともかく,「Diamonds」以外にも,♩=112(112bpm)で裏拍をとりやすい曲があるかもしれません.ご存じでしたら京都府立医科大学に連絡を.
ではまた!
めっきり減ってしまったけれど、災害時等スマホが使えない場合は公衆電話が役立ちます.使い方は簡単なので頭の片隅でも入れておきましょう.