タクシーは自家用車よりお得なのでしょうか?タクシーを自家用車の代わりにすることで節約になるのでしょうか?その妥当性について書きました。
先日、こんな記事を読みました。
社労士・FPによるこの記事(以下、元記事とします)の要点は次の通り。
- 自家用車を諸々込み250万円で購入し5年使用、維持費に年30万円かかるとするなら年間80万円の支出
- タクシー1回乗車料金を1000円とするなら、80万円で800回タクシーに乗れる
- なので、自家用車よりタクシー利用のほうがお得
- しかもタクシー利用なら自分が事故を起こす心配不要→"「交通事故のリスクが避けられる」というメリット "と表現
元記事には、これらの数字はもちろん、タクシー乗車中の交通事故リスクについてなんら裏付けがないため、読んでいて非常にモヤモヤさせられました。
そこで、このエントリーではデータを紐解きながら元記事の妥当性を検証しようと思います。
検証するのはこれらの点について。
- 車を所有・維持するのに必要なお金は年間いくらか?
- タクシー利用1回当たりの料金はいくらか?
- 自家用車利用とタクシー利用、どちらが特なのか?
- タクシーと自家用車、どちらが事故が少ないのか?
車を所有・維持するのに必要なお金は年間いくらか?
車の購入・維持にかかるお金は年間いくらなのでしょう?
◆平成24年家計消費状況調査によると自動車等関係の支出は次の通り
- 新車:198万2,978円Ⓐ1
- 中古車:82万2,586円Ⓑ1
- 保険(自賠責):29,928円Ⓒ
元記事の自家用車購入費用250万円というのはものすごくざっくりした数字にすぎないことがわかります。しかも、登録台数で言えば2012年の新車約340万台に対し、中古車は約401万台(業界ニュース:昨年の中古車登録台数、12年ぶり増加|株式会社シマ商会[会社案内サイト])。巷で走っている車は中古車のほうが多いのです。
◆これら以外にもガソリン費、任意保険料、車両保証料、駐車場代、点検・整備費がかかります。
カーユーザーレポート2012によると、これらの年間費用は次の通り
- 新車:31万6,821円Ⓐ2
- 中古車:31万990円Ⓑ2
元記事の、自家用車にかかる維持費が年30万円というのは、的外れな数字ではありませんでした。でも単なる偶然でしょう。
◆元記事では買った車の使用期間を5年としていました。これもまったく根拠のない数字です。
2017年度乗用車試乗動向調査によると、買い換え前に保有していた車(前保有車)の保有期間は、新車で7.4年、中古車で5.7年でした(どちらも2011年データより)。
◆したがって、年当たりの自家用車への支出(自動車にかかる購入費・維持費÷保有期間)はこうなります。
新車:(198万2,978円Ⓐ1+29,928円Ⓒ÷7.4)+31万6,821円Ⓐ2=57万8,237円
中古車:(82万2,586円Ⓑ1+29,928円Ⓒ÷5.7)+31万990円Ⓑ2=34万923円
年当たり自家用車への支出は、新車で約57万円、中古車で34万円となりました。
年80万円とは大違いです。
タクシー利用1回当たりの料金はいくらか?
国土交通省の「タクシー事業の現状について」によれば、 平成24年の輸送人員数15億1,573万人に対し、営業収入1兆5429億。
したがって、輸送人員1人当たり営業収入≒客一人当たりタクシー料金は1,017円。
この値もざっくりで恐縮ですが、それ以上にざっくりしている元記事の「タクシー1回乗車料金を1000円」は割と妥当ということになり・・・ますかねえ?
タクシーは自家用車代わりになるのか?
タクシー1回1000円とすれば、新車購入者は年578回、中古車購入者は年349回タクシーに乗れる計算、となります。
しかしながら、仮にタクシー料金1,000円のところに勤務先があり、土日祝日休みで年250日勤務とするなら、中古車購入者はタクシーでは大幅赤字となり、新車購入者は残り78回しかタクシーを利用できないことになります。
これは、あくまでタクシー料金1,000円のところに勤務先があるという前提ですが、環境省による通勤に関するアンケート調査結果によると、自家用車通勤の平均時間は約22分。
22分と言ってもどこからどこに乗るかでタクシー料金はぜんぜん違ってきますが、あくまで一例として上野-亀戸間でGoogle検索すると春日通り経由で21分(5.8km)と出たので、これでタクシー料金を計算すると2,410円でした。
ちなみに、上野ー東京ドーム間のタクシー料金が1,050円(距離2.4km・所要時間10分)でした。
筆者の地元・仙台なら、仙台駅から東華中まで1,070円(2.3km・所要時間7分)です。この距離なら駅まで自転車で行っても10分かかりません。
つまり、片道1,000円でのタクシー通勤というのは、勤務先から歩いて30分ちょっとくらい、自転車なら10分くらいところに住んでいて、やっとペイするわけです。
そんな距離で通勤に自家用車使う人がどれくらいいるのでしょう?
と思ったら、これがけっこういました。
(https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/business/files/D18-2.pdfより)
自家用車通勤のうち、15.4%が通勤時間10分未満でした。タクシー料金1,000円(以下、1,000円タクシーとします)で通勤可能なのはせいぜいこの方達くらいなんですね。
ところで、元記事があげている自家用車の用途は買い物、通院、ドライブなどだけです。
2015年度乗用車市場動向調査によると、自家用車の毎日利用は4割弱、月間走行距離は350km、車の使い方で最も多いのは買い物・用足しの42%。
1,000円タクシーの距離を2.4kmとしても、月間距離は2.4km×2×30=144km。自家用車を350km利用する層にとって、タクシーが自家用車代わりにならないのは明らかです。
利用用途についても同様です。車の利用は通勤・通学が29%、仕事・商用、レジャーがそれぞれ15%を占めています。
繰り返しますが、片道1,000円でのタクシー通勤というのは、勤務先から歩いて30分ちょっとくらい、自転車なら10分くらいの距離でしか利用できません。
したがって、通勤・通学・仕事・商用、ましてレジャーでの車使用を1,000円タクシーで代用できるのはごく一部の方に限られます。
一方、片道約2km・所要時間10分以内のところと自宅を買い物・保育園のお迎え等日常生活で利用するのに限定するなら、1,000円タクシーは成り立つかもしれません。
しかしながら、残念なことに、自家用車の購入費・維持日では1000円タクシーであっても毎日の利用料金を賄えません。
「車の購入・維持にかかるお金は年間いくらなのでしょう? 」の章で計算したように、新車購入の場合1,000円タクシーを年間578回、中古車購入なら年間349回しか乗れないことになります。800回ではないのです。
タクシーはかならず往復で使うと仮定するなら、中古車購入の場合は174日しか1,000円タクシーを利用できません。これでは自家用車利用よりも行動をかなり制限されてしまいます。
以上、タクシーは決して自家用車よりお得とは言えません。"どこへもタクシーは"決して節約にはならないのです。
タクシーなら交通事故を避けられるメリットを享受できるのか?
さらに言えば、タクシー利用で交通事故を避けられるとは限りません。
H28年の統計によると、交通事故件数そのものは自家用車のほうが多いです。
- 自家用車:46万5865件
- タクシー:1万3,526件
これだけを比べると、タクシーのほうが安全と思われます。でも、それはタクシーのほうが車両数が圧倒的に少ないから。タクシーは平成25年時点で約24万台にすぎません
(http://www.taxi-japan.or.jp/content/?p=article&c=100&a=8)。
車両数の違いを考慮するため、走行距離1億キロあたりの交通事故死傷者を比べます。
すると、自家用車とタクシーはほぼ互角。
- 自家用車 走行距離1億キロあたりの交通事故死傷者は0.44人
- タクシー 走行距離1億キロあたりの交通事故死傷者は0.49人
決してタクシーが安全で自家用車が危険、というわけではないのです。
ちなみに筆者はタクシー乗車中、運転手が裏道に入ってしばらくしたところで接触事故を起こしてしまい、その場でタクシーから降ろされてしまったことがあります。体調が悪かったからタクシーを使ったのに・・・
ろくにタクシーも拾えない場所で中途半端に家に近かったため、結局歩いて家まで帰りました。
ただし、タクシーを利用すれば自分の運転中に事故を起こす心配だけはなくなります。この1点についてのみ、元記事に同意します。
まとめ
費用面および安全面から、タクシーは決して自家用車の代わりにはなりません。
唯一、自家用車からタクシー利用に切り替えることによって、自分が運転中に事故を起こすリスクだけはなくなります。
ここまでタクシーの利便性についてなんら肯定的な意見を述べませんでしたが、筆者は同じ運転手のタクシーにその日のうちに2回乗るという希有な経験もする程度にはタクシーを利用します。というのは、家に車がないからです(近くに共用の車はありますが、ほとんど乗ってません)。
23区内では自家用車を保有していない世帯が64.2%に上ります(2015年度乗用車市場動向調査)。これらの世帯がタクシーを日常的に利用しているかどうかはわかりませんが、都心の集合住宅だと駐車場がないケースも多いでしょうし、何より公共交通機関が充実しているので自家用車がなくても生活できます。"どこへもタクシー"というアイデアがそもそも通用しないのです。
一方、自家用車がないと生活できない地域の方もたくさんいます。そういう方にとってはタクシーはむしろ不経済な乗り物です。ぜんぜんお得じゃないし、交通費の節約にもなりません。
元記事はプレジデントオンラインに掲載されていますが、一体全体どの読者層を想定して書いているのか筆者にはわかりませんでした。少なくとも自家用車を日常的に使っている読者にはなんら響かない内容だったと指摘せざるを得ません。
念のため元記事の筆者のプロフィールを見たところ、社労士に加え1級ファイナンシャル・プランニング技能士(1級FP)とのこと。
私自身2級FPを持ってますが、FPが書いた元記事のような文章には数字の根拠がなく、実にふわふわしたものが多い印象が少なからずあります。
なお、北九州の三ヶ森タクシーのように割引定期券やフリーパス券などスを実施して、タクシーを日常の足がわりに利用するサービスを行っているところもあります。
http://wwwtb.mlit.go.jp/kyushu/gyoumu/kikaku/file31/20140221-2kotsukikakuka4.pdf
タクシーは重要な交通インフラの一つ。数字の裏付けがない記事を鵜呑みにすることなく、自分のアタマで考えて賢く利用したいものです。
ではまた。