おめでとうございます!
2013年4月,高校3年生で10秒01をマークしてから4年,桐生祥秀選手,陸上男子100メートル日本人初9秒台(9秒98)の日本最速記録を叩き出しました.おめでとうございます.
NHKのこのニュースから桐生選手へのインタビュー箇所を引用します.
桐生選手は「やっと4年間くすぶっていた自己ベストが更新できた。監督、コーチ、トレーナーには、感謝の気持ちでいっぱいです。やっと世界のスタートラインに立てたのかなと思います。もちろん9秒台を出してうれしかったですけど、そこからまた再度スタートを切っていきたいと思います」と話しました。
この言葉から今回の記録はあくまで桐生選手にとっては通過点にすぎないことがわかります.
でも通過したことの意味はとても大きいです.それは桐生選手の記録がパイオニアワークになったからなのです.
パイオニアワークとは
パイオニアワーク.グーグル翻訳ではこうなってました.違うよ・・・
パイオニアワークは「先駆的な仕事」という意味ですね.
英語のほうがわかりやすいかもしれません."pioneer work does something that has not been done before, for example by developing or using new methods or techniques"(Pioneer work definition and meaning | Collins English Dictionary).
"pioneer"には開拓者,先駆者,草分けなどの意味があります.私は「これまで誰もしてこなかった,達成できなかったことをなしとげた業績」という意味で使ってきました.
霊長類研究で例をあげれば,京都大学の故西田利貞先生が世界で初めて野生チンパンジーの社会構造を明らかにした業績はまさにパイオニアワーク.
サルに関して言い出したらきりがないので割愛しますが,学術界のみならず産業界にもパイオニアワークはごまんとあるでしょう.
そして,もちろんスポーツ界にもパイオニアワークがたくさんあります.
世界では125人目だけど,日本陸上100mではパイオニアワーク
男子陸上100メートル記録についてWikipedia(男子100メートル競走世界記録の推移 - Wikipedia)を参照すると,初めて10秒の壁を破ったのが1968年6月20日(ただし,メキシコオリンピックのため高地記録となってます).
平地で初めて10秒の壁が破られたのは1983年5月14日,走ったのはカール・ルイスでした(10秒の壁 - Wikipedia).
そして,10秒の壁 - Wikipediaによれば電動計時による9秒台の125人目が桐生選手.これが日本初の偉業,パイオニアワークなのです.
電動計時による記録の推移を抜き出してみました(男子100メートル競走世界記録の推移 - Wikipedia).
9秒93 カルヴィン・スミス
9秒92 カール・ルイス
9秒90 リロイ・バレル
9秒86 カール・ルイス
9秒85 リロイ・バレル
9秒84 ドノバン・ベイリー
9秒81 ウサイン・ボルト
9秒79 モーリス・グリーン
9秒77 アサファ・パウエル
9秒74 アサファ・パウエル
9秒72 ウサイン・ボルト
9秒69 ウサイン・ボルト
9秒58 ウサイン・ボルト
6秒57 パタスモンキー(推定)
最後のパタスモンキーは蛇足です(ごめんなさい).カール・ルイス,リロイ・バレル,アサファ・パウエルそしてウサイン・ボルトの4選手はいずれも自己記録を更新しています.9秒台に文字通り足を踏み入れてからもなお先へ先へと突っ走りました.
ちなみにウサイン・ボルト選手が9秒58を記録したとき,最大推定ストライド(胴体の推定移動距離)は312cm(平均244.4cm),100m走るのに要した歩数は40.92歩(http://www5.nikkansports.com/sports/athletics/column/noguchi/archives/14264.html).一方,桐生選手はリオデジャネイロオリンピックで10秒23の記録に要した歩数が48歩.素人目からは体格差はいかんともしがたいよなあ,と思わざるを得ません.
これは陸上競技に限ったことではありません.日本のプロ野球界でホームラン王だった松井秀喜選手がアメリカメジャー・リーグ移籍当初ゴロ・キングと呼ばれたこと,そして今だ内野手としてメジャーで大成した選手がいないことなど.
そう思っていた最中,桐生選手は諸外国選手に比して体格的に不利な日本人であっても10秒の壁を破ることを私たちに見せてくれました.だからこそ日本人として賞賛したいのです.
そしてブレイクスルーへ
野茂英雄選手に続いて数々の選手がメジャーに挑戦し活躍したように,そしてフィギュアスケートの羽生選手が成し遂げて以降,複数の4回転ジャンプを組み込んだ高難度プログラムを高精度で演技することが今や世界標準となったように,あちこちの分野でパイオニアワークを皮切りにブレイクスルーが起きています.
マンガの話で恐縮ですが,『ジョジョの奇妙な冒険』第3部に登場するエンヤ婆というキャラクターは,Dio様に対してこう言ってます.
「空気を吸って吐くことのように!HBの鉛筆をベキッ!とへし折る事と同じようにッ。できて当然と思うことですじゃ!大切なのは『認識』することですじゃ!」(エンヤ婆)第28巻
— ジョジョの奇妙な名言集 (@JOJOmeigen_bot) 2013年2月3日
陸上男子100メートルの日本選手たちは,2017年9月9日,9秒台を認識したのです.まぎれもなく.
だからと言って,桐生選手が,あるいは他の選手達がまたすぐに9秒台の記録を出すとは思ってません.いや,もちろん出してほしいけれど,1968年ジム・ハインズ選手が手動計時で10秒の壁を突破したのに次いでシルビオ・レオナルド選手が再び9秒台の記録を出すまでは9年の歳月を要したように,そんな簡単なことではないでしょう.桐生選手が言うように「やっと世界のスタートラインに立てた」のは,カール・ルイスに遅れること34年かかってのことなのですから.
でも,日本選手たちのレベルが着実にアップしていることは間違いありません.ついこの間の陸上世界選手権男子400mリレーで日本男子チームが初のメダルを獲得したことは記憶に新しいです.
もしかしたら,ほんの数年後には当たり前のように9秒台の記録を連発するかもしれない,そう期待しないではいられません.選手たちのみならず,私たちだって9秒台を認識した,いや,させてもらったのですから.
ではまた!